今の時代、人材確保と賃上げは中小企業にとって必須になっています。しかし「賃上げの原資をどう作るか」が分からないという経営者の声をよく聞きます。本記事では、賃上げを実現するための利益構造の作り方と、月10万円の経費削減で全社員ベースアップを実現する考え方を税理士視点で解説します。
この記事の結論:賃上げの原資は、売上を増やす前に「値上げ」「粗利改善」「経費の見直し」からつくれます。とくに分かりやすいのが経費です。月10万円の経費を削れば、10人の会社なら一人あたり月1万円のベースアップができます。賃上げをコスト増と捉えるか、人材確保のための投資と捉えるかで打ち手は変わります。利益構造・経費の質・給与水準の3点をセットで見直すことが、賃上げを実現する最短ルートです。
Contents
中小企業が人材確保と賃上げで抱える悩み
賃上げの原資が見つからない
「賃上げが必要なのは分かっているが、原資が出ない」――この悩みは中堅企業に共通しています。売上を伸ばすか、コストを下げるか、付加価値を上げるかのどれかをしないと原資は生まれません。
採用市場で給与水準負けする
同業他社や近隣エリアの企業に給与水準で負けると、採用も定着も両方で不利になるのが現在の労働市場です。給与競争力は採用戦略の最低条件となっています。
「賃上げ=コスト増」発想から抜けられない
賃上げを単純な人件費増として見ると、利益圧迫の不安が先に立ちます。賃上げを「生産性向上の前提」として位置づける視点転換ができないと、議論が前に進みません。
賃上げ原資が生まれない構造的原因
一人当たり生産性が上がっていない
賃上げの大前提は、一人当たり生産性の向上です。これが上がらないまま給与だけ上げると、人件費比率が上昇し利益が削られます。生産性を上げる仕組み作りが本質的な解決策です。
商品・サービスの値上げができていない
賃上げ原資を作る最も直接的な方法は、商品・サービスの価値ある値上げです。ところが多くの中小企業では、競合への遠慮や顧客への気遣いで値上げに踏み切れず、結果として粗利率が長期低迷しています。
経費の無駄が放置されている
長年積み重ねてきた交際費、移動・交通費、サブスクリプション、福利厚生資産の維持費――これらが棚卸しされず「あって当たり前」の経費として残り続けるケースが多くあります。
✅ 自己診断:あなたの会社はいくつ当てはまりますか?
- 賃上げの原資を粗利から計算していない
- 労働分配率を把握していない
- 経費の中に見直せる固定費があるか点検していない
- 賃上げの前に値上げや粗利改善を検討していない
- 業界水準と自社の給与を比較していない
- 賃上げを「余裕ができたらやること」にしている
- 賃上げ促進税制の適用可否を確認していない
3つ以上当てはまる場合、賃上げの議論が「原資がない」で止まったままになっている可能性があります。
賃上げの原資が確保しにくいのは、経営努力だけの問題ではありません。中小企業庁が受注側の中小企業30万社を対象に行った調査(2026年3月時点)では、価格転嫁率は54.2%。なかでも労務費の転嫁率は50.0%で、原材料費55.7%・エネルギーコスト48.9%と並べても、もっとも進んでいない領域のひとつです。つまり人件費の上昇分のおよそ半分は、いまも自社が負担しているということになります。
(出典)経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果を公表します」/中小企業庁「価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果」
監修税理士 塩谷宣弘の見解
賃上げをするには、一人当たりの生産性を上げるしかありません。そしてそのためには、自社の商品やサービスについて価値のある値上げをすることが必要になります。値上げというと身構えられますが、私が申し上げているのは「同じものを高く売る」ことではありません。マーケティングの工夫や、商品・サービスの価値を上げる理由づけを日々考え、自社の強みを磨いていく。その結果として価格を上げる、という順番です。すぐにできることではありません。だからこそ、日々そこに考える時間を使うのだと思っています。
▶ 関連コラム:値上げの判断基準|失う客と残る利益(どの取引先から、どう上げるかの具体的な手順)
賃上げを実現する3つの原則
- 商品・サービスの価値ある値上げをする(一人当たり生産性を上げる本筋)
- USPを磨き続ける(価格を上げられる理由を自社で作る)
- 経費構造を年次でゼロベースで見直す(削った分がそのまま原資になる)
原則1:商品・サービスの価値ある値上げをする
賃上げ原資を作るには、まず自社の商品・サービスの価値を高め、それに見合った価格設定にすること。マーケティングの工夫、価値の理由づけ、USP(独自の強み)の磨き込み――これらを日々考え行動することが、利益構造を変える出発点です。
原則2:USPを磨き続ける
USP(Unique Selling Proposition)は「なぜお客様はあなたから買うのか」の答えです。これが磨かれていない会社は価格競争に巻き込まれ、賃上げ原資を作れません。経営者として、USPを四半期ごとに点検し、磨き続けることが必要です。
原則3:経費構造を年次でゼロベース見直し
すぐに値上げや生産性向上ができなくても、経費削減で賃上げ原資を作ることは可能です。経費構造を年1回ゼロベースで見直し、本当に必要な支出に絞り込むだけで、想像以上の原資が生まれます。
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中小企業経営者のための実務ポイント
月10万円の削減=10人の会社で1人1万円ベースアップ
シンプルに考えてみましょう。月10万円の交際費や移動・交通費を削ることは、月10万円の利益増と同じ意味を持ちます。10人の会社であれば、これだけで一人当たり月1万円のベースアップが可能になる計算です。
粗利向上が給与に反映できる発想を持つ
経費削減だけでなく、粗利向上が直接給与に跳ね返る構造を経営者が言語化すると、社員のモチベーションも変わります。「会社の利益が上がれば、自分の給与に反映される」という見える化が、組織を一体化させます。
監修税理士 塩谷宣弘の見解
難しく聞こえるかもしれませんが、私はいつもこうお伝えしています。月10万円の交際費や交通費を削ること。あるいは月10万円の利益を上げること。それだけで、10人の会社なら一人あたり月1万円のベースアップができます。経費の削減や粗利の向上が、そのまま給与に反映できると考えられたら、「原資がない」と悩む前にできることは、もう少しあるのではないでしょうか。利益構造・経費の質・給与の3つを、一度セットで見ていただきたいところです。
▶ 関連コラム:労働分配率の目安|30〜50%の使い方(粗利のうち人件費にいくらまで回せるかの基準)
利益構造・経費の質・給与の3点セットで見直す
担当の税理士として、年1回は「利益構造・経費の質・給与水準」を3点セットで見直す機会を作ることをおすすめしています。それぞれを単独で議論するのではなく、相互の関係性を踏まえた経営判断が必要です。経費削減と賃上げは表裏一体の経営テーマです。
私たちは顧問先の経営者と毎月、試算表を挟んで「計画とどれだけズレたか」「次の四半期で何に着手するか」を1時間ほど議論しています。数字の報告を受ける時間ではなく、次の一手を決める時間として使っていただくためです。決算のときだけ数字を見る関係では、打てる手はどうしても限られます。
ここまでが、賃上げに共通する考え方です。ここから先は、御社の粗利と労働分配率、経費の内訳が分からないと、いくら賃上げできるかの具体的な金額は出せません。同じ年商でも、原価構造によって捻出できる原資はまったく変わるためです。
人材確保と賃上げに関するよくある質問
賃上げ率の目安はどれくらい?
2024年以降の春闘相場は3〜5%が大企業の主流水準ですが、中小企業も人材確保のため2〜4%程度の賃上げが現実的に求められています。自社の利益構造に応じた持続可能な水準設定が重要です。
値上げで顧客離れが起きないか不安です
価値ある値上げであれば、大半の顧客は離れません。離れる顧客がいたとしても、価格適正化で取れる新規顧客の方が多いケースが大半です。事前のコミュニケーションと付加価値説明の徹底がポイントです。
賃上げと一時金(ボーナス)の使い分けは?
ベースアップは継続的なコスト増を伴うため長期的な利益構造の改善が前提。一時金は単年度の業績反映として柔軟に運用できます。両者を組み合わせる二段構えが現実的です。
賃上げ促進税制は活用すべき?
はい、要件を満たせば賃上げ額の一定割合を税額控除できる制度です。中小企業向けの優遇措置もあるため、賃上げを実施する際は税理士と連携して活用検討をおすすめします。※詳細は担当税理士にご相談ください。
まとめ|賃上げは利益構造の経営判断
人材確保と賃上げを実現するには、商品・サービスの価値ある値上げ・USP強化・経費の質改善を組み合わせて利益構造を作り直す経営判断が必要です。月10万円の経費削減が10人の会社で一人1万円のベースアップになる――この具体的な思考実験を経営者と幹部で共有するだけで、議論は前に進みます。賃上げ原資は「経費の中に隠れている」という発想が、中堅成長企業の人事戦略を支えます。
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