メンバーから退職の相談を受けた瞬間――経営者にとってこれほど辛い瞬間はありません。しかしその対応の質が、組織の未来とメンバーの幸せを左右します。本記事では、退職相談を受けた際に経営者が持つべき心の構えと、面談プロセスの設計、給与での引き留めを避ける理由を税理士視点で解説します。

この記事の結論:退職を切り出されたとき、給与を上げて引き止めるのは最も避けるべき対応です。金銭で翻意しても、根本の理由が残るため長続きしません。まずすべきは「①理由を最後まで聴く ②引き止めるか送り出すかを基準で判断する ③退職後も関係を残す」の3点。退職対応の質は、そのまま経営者の器として社内に伝わります。残るメンバーは、去る人への接し方を必ず見ています。

退職の相談を受けた経営者が直面する現実

退職相談を受け考え込む経営者
「相談」と「決定」の違いを冷静に受け止める

「相談」と「決めました」は決定的に違う

退職について「悩んでいる」と相談されるのと「決めました」と告げられるのはめちゃめちゃ大きな違いです。相談される状況を作れているなら、あなたは本当に素晴らしいマネージャー・上司です。多くの場合、現実は「退職を決めました」という連絡のみで、対話の余地が残されていないケースが大半です。

感情的に説得モードに入ってしまう

退職相談を受けると、つい「自社の良さ」「他社のデメリット」を語りたくなります。しかし、これは多くの場合、本人の心にはほとんど響きません。本人はすでに自社の課題を見ており、他社の魅力を感じているからこそ、決断に近づいているのです。

条件で引き留めようとしてしまう

「給与を上げるから残ってほしい」――この対応は短期的には効きますが、長期的には組織文化を歪める大きなリスクを伴います。

退職相談で失敗する3つのパターン

退職面談の場面
傾聴の質が面談の成否を分ける

本人の幸せを置き去りに自社の都合を語る

退職相談の対応で最も多い失敗は、本人の幸せという観点を置き去りにして、自社の都合を語ることです。本人はすでに「自分の幸せを実現する最短ルートは退職」と判断しているのですから、その前提を無視した説得は通用しません。

否定で会話を終わらせてしまう

本音を語ってもらう中で「それは違うだろう」と思う場面が必ず出てきます。しかし、その一言で面談自体が終わってしまう可能性が高いのが現実。退職を決めた相手から見て、否定的な反応をする上司にこれ以上心を開く動機はありません。

条件交渉だけで引き留める

給与調整での退職防止を一度受け入れると、「退職を盾に給料を上げる」が暗黙のルールとして組織文化になってしまいます。これは中長期で組織を確実に弱めます。

✅ 自己診断:あなたの会社はいくつ当てはまりますか?

  • 退職の申し出で初めて不満を知ることが多い
  • 引き止めの手段が給与提示しかない
  • 退職理由を記録・分析していない
  • 面談の進め方を管理職に教えていない
  • 退職者との関係が退職後に途切れている
  • 同じ理由での退職が繰り返されている
  • 退職の兆候を早期に把握する仕組みがない

3つ以上当てはまる場合、退職が起きてから対応する後手の状態になっている可能性があります。

監修税理士 塩谷宣弘の見解

まず前提として申し上げたいことがあります。「相談された」ことと「決めました」と言われることは、まったく別のことです。もしメンバーから「退職しようか少し悩んでいる」と相談を受けたのであれば、あなたは本当に素晴らしい上司だと思います。私もそうですが、ほとんどの場合は「退職を決めました」という連絡です。自分の人生を大きく変える決断について、事前に相談してもらえる関係を作れている上司は、そう多くありません。そのうえでいちばん大事なのは、その人との共通の目的・目標を最初に明確にすることです。その人は何を求めて退職するのか。多くの場合、答えは「そのほうが自分の幸せが実現できると考えているから」です。

▶ 関連コラム:メンバーと心を通わす方法|中小企業経営者の対話術(そもそも本音を話してもらえる関係をどう作るか)

退職相談の対応で押さえるべき3つの原則

本人の幸せを共に考える面談
共通目的の明確化が対話の起点
  1. 共通の目的・目標を最初に明確にする(「あなたの幸せを一緒に考える場」だと前提を置く)
  2. ざっくばらんに話を聞き切る(「それは違うだろう」の一言で面談は終わる)
  3. 3年後・5年後の視点で、会社にとって必要かを判断する(目の前の忙しさで決めない)

原則1:共通の目的・目標を最初に明確にする

面談の冒頭で、「私たちはあなたの幸せを実現するための共通のパートナーだ」という前提を共有してください。今日のゴール、目指す共通の到達点を言語化することで、対話の方向性が定まります。

原則2:ざっくばらんに話を聞き切る

解決策をすぐに出すのではなく、まず「どうして退職しようと考えたのか」「どんなことがあったのか」をざっくばらんに聞き続けてください。聞き切ることが、その後のすべての対応の土台になります。

原則3:3年後・5年後の視点で会社にとって必要かを判断

本人の話を聞いた上で、このメンバーが3年後・5年後の会社にとってプラスになる存在かを冷静に判断します。プラスになるなら徹底的に改善し約束する。組織の癌になりかねない存在なら、退職をすんなり受け入れる選択もあり得ます。

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中小企業経営者のための実務ポイント

退職相談で本人と対話する場面
本人の幸せを起点に、自社の固定観念を手放す

給与での引き留めは絶対にやめる

条件交渉として給与を上げる引き留めは、組織文化を確実に歪めます。一度受け入れると、「退職を盾にすれば給料が上がる」という暗黙のルールが組織に根付きます。給与調整は退職防止の手段にしないという経営判断を、事前に決めておくことが必要です。

「脅し退職」には毅然と対応

退職を頻繁に持ち出すメンバーには、本気でないケースが実は多いものです。「わかった、次にしよう」とすんなり受け入れるのも1つの手です。脅しが通用しない文化を作ることで、組織は健全さを保てます。

(出典)離職理由別の離職率など、退職をめぐる全国の状況は 厚生労働省「雇用動向調査 結果の概況」で確認できます。自社だけの問題なのかを切り分ける材料になります。

監修税理士 塩谷宣弘の見解

一つだけ、はっきり申し上げたいことがあります。給与調整による退職防止は、極力やめていただきたいと思っています。ここを一度受け入れてしまうと、基本的にずっとそれが続き、やがて「退職を匂わせると給料が上がる」という暗黙のルールが会社の文化になってしまいます。退職事由の交渉として給料を上げることは、絶対に避けてください。その代わりに考えていただきたいのは、社長側の固定観念を捨てることです。「絶対に残業は何時間しなければならない」「何人は出社しなければならない」。そうした前提を外したうえで、その人のために会社が自由度を高めるとしたら何ができるのか。そこは遠慮なく考えていただけたらと思います。

▶ 関連コラム:仕事で無理させない|中小企業の人材定着と業務割り振り(そもそも無理をさせない業務の割り振り方)

固定観念を捨てて自由度を高める提案を考える

大切なメンバーを引き留めたいなら、「残業は何時間必要」「何人出社しないといけない」といった固定観念を捨て、その人のために会社が自由度を高める方法を考えてください。担当の税理士として、この採用難の時代にとって、大切な存在に辞められることほど大きな打撃はないと感じます。経営者の固定観念を手放す柔軟性が、優秀な人材を守る最後の砦です。

私たちは顧問先の経営者と毎月、試算表を挟んで「計画とどれだけズレたか」「次の四半期で何に着手するか」を1時間ほど議論しています。数字の報告を受ける時間ではなく、次の一手を決める時間として使っていただくためです。決算のときだけ数字を見る関係では、打てる手はどうしても限られます。

ここまでが、退職相談への対応に共通する考え方です。ここから先は、御社の給与水準・等級制度・離職の傾向が分からないと、引き止めるべきか、送り出すべきかの判断基準は決められません。個別の対応は、全体の人事制度と整合していなければ他の社員に不公平感を生むためです。

退職相談に関するよくある質問

退職相談はどう切り出してもらう?

常日頃から「悩みがあったら早めに話してほしい」と発信し、1on1や日常会話で関係性を築いておくことが前提です。「決めました」ではなく「相談」の段階で持ち込まれる関係性が、組織の財産です。

退職を受け入れるべきラインは?

「3年後・5年後の会社にとってこの人がプラスになるか」を判断軸にしてください。マイナスになる可能性が高いなら、すんなり受け入れる勇気を持つことが、組織全体のためになります。

退職対応で経営者が成長することは?

非常に大きく成長します。退職という辛い経験から自分の心を磨くことで、メンバーの心に共感できる上司になれます。目の前の退職を防げなくても、その経験は将来に向けた大きな財産になります。

退職者を出さない組織は作れる?

完全にゼロは難しくても、減らすことはできます。日々努力し改善し、経営者自身が成長することで、退職相談の場面が確実に減っていく――これが目指すべき経営者の姿です。

まとめ|退職対応の質が経営者の器を示す

退職相談を受けたときの対応は、本人の幸せを起点とした共通目的の明確化、ざっくばらんな傾聴、3年後・5年後視点での会社必要度の判断という3ステップで進めます。条件交渉での引き留めは絶対に避け、固定観念を手放して自由度を高める提案で対話を進めてください。退職対応のたびに自分の心を磨くことで、メンバーの心に共感できる上司に成長できる――この姿勢が、最終的には退職相談自体を減らす最強の予防策になります。

退職対応を通じて成長する組織
退職対応の質が組織の信頼を作る

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監修者 Actvision税理士法人 代表社員税理士 塩谷宣弘

監修者

塩谷 宣弘(しおたに のぶひろ)|Actvision税理士法人 代表社員税理士(近畿税理士会所属)/Actvision Consulting株式会社 代表

28歳で税理士試験に合格。KPMG税理士法人にてM&Aタックスアドバイザリーグループに2年、インターナショナルコーポレートタックス部に2年在籍し、M&A税務と国際税務に従事。32歳でActvisionグループを創業し、銀行融資支援に特化して開業5年で従業員35名規模の税理士法人へと成長させる。融資支援歴12年。船井総合研究所の創業融資セミナーで講師を務めるほか、信用金庫の勉強会で創業融資の実態を講演。自社の組織課題と再建を経験し、マネジメント改革で離職率・組織力・営業力を回復させた実績を持つ。現在は「中小企業経営者の唯一無二のパートナーになる」を理念に、顧問先200社を支える税理士法人を母体として、2年で20社以上のコンサルティング契約・延べ70社の事業計画策定に携わり、理念経営・ビジネスモデル策定・経営管理・人事戦略・財務戦略を横断する中小企業特化のコンサルティングを提供している。(実績数値は2026年8月時点)

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最終更新:2026年8月