決算書では利益が出ている。それなのに預金残高は増えず、毎月の資金繰りに追われている——この状態にある会社は決して珍しくありません。原因のほとんどは、在庫と売掛金という2つの場所にお金が形を変えて滞留していることにあります。本記事では、運転資金が適正かどうかを見極める順番と、在庫回転日数の測り方、そして社長が在庫を減らせない本当の理由を、中小企業200社を支援する税理士の視点で解説します。
この記事の結論:「利益は出ているのにお金が残らない」と言われたとき、私たちが最初に見るのは在庫と売掛金の回収期間が適正かどうかです。見る順番は①在庫回転日数 →②売掛金の残高 →③その取引を続けるべきかの見直し。買掛の支払期間は問題にならないケースが多いため、いったん外して構いません。在庫回転日数の判定は業種平均との比較ではなく、社長が思っている「仕入れてから捌けるまでの日数」と、実際の在庫回転日数が合っているかで行います。在庫を減らせない最大の理由は、社長に判断材料がないことです。
Contents
利益は出ているのに、お金が残らない
「決算は黒字でした」と報告を受けた直後に、「でも、お金は全然増えていないんですよ」と言われることがあります。この違和感は経営者の錯覚ではありません。利益は損益計算書の話であり、預金残高は貸借対照表の話だからです。この2つがずれるとき、お金はどこかに形を変えて存在しています。その居場所を特定するのが最初の仕事です。
利益と現金がずれる理由は、貸借対照表側にある
売上を計上した時点では、まだ入金されていません。商品を仕入れた時点では、まだ売れていません。この時間差の分だけ、利益と現金は必ずずれます。ずれ自体は正常なもので、問題になるのはずれが大きくなりすぎたときです。売上が伸びているのに資金繰りが苦しくなる会社が多いのは、売上が増えるほど売掛金も在庫も増え、必要な運転資金が膨らむためです。利益が出ているのにお金がないのではなく、お金が在庫と売掛金という形に変わって会社の中に留まっているのです。
借入で埋め続けると、判断が遅れる
この状態を借入で埋めることは、短期的には正しい対応です。運転資金は事業を回すために必要なお金であり、借りること自体は悪いことではありません。問題は、借入で穴が埋まると、そもそもなぜ穴が空いているのかを検証しないまま時間が過ぎてしまうことです。在庫が多すぎるのか、回収が遅れているのか、あるいは単に成長に伴う自然な増加なのか。ここを切り分けないまま借入だけを重ねると、返済負担だけが積み上がっていきます。
年商1億〜10億の会社で、いちばん見落とされる場所
この規模帯の会社は、売上と利益は毎月確認していても、在庫と売掛金の残高を毎月見ている会社は多くありません。損益計算書は毎月説明を受けるのに、貸借対照表の説明は決算のときだけ、というケースがよくあります。しかし資金が詰まる場所は、ほぼ例外なく貸借対照表側です。見ていない場所で問題が起きている——これが「利益は出ているのにお金がない」の正体です。
お金が滞留する2つの場所と、見る順番
私たちが「利益が残らない」というご相談を受けたとき、確認する順番は決まっています。手当たり次第に見ても答えは出ません。
- 在庫回転日数——在庫金額が多すぎるのか少なすぎるのかを確認します。ここに最も大きな金額が眠っていることが多いためです。
- 売掛金の残高——回収期間そのものというより、残高がどうなっているかを見ます。増え方が売上の伸びと釣り合っているかが判断の起点です。
- その取引を続けるべきかの見直し——回収に問題がある取引先について、そもそも取引を続ける必要があるのかまで踏み込みます。
買掛金の支払期間は、いったん外して構いません。基本的に問題にならないケースが多く、ここを先に触ろうとすると仕入先との関係を損なうだけで終わりがちです。まず自社側でコントロールできる在庫から入るのが順番です。
在庫回転日数の出し方
在庫回転日数は、次の2段階で計算します。
| 手順 | 計算式 | 意味 |
|---|---|---|
| ①在庫回転率を出す | 売上原価 ÷ 在庫金額 | 1年間に在庫が何回入れ替わったか |
| ②日数に直す | 365 ÷ 在庫回転率 | 仕入れてから売れるまでの平均日数 |
たとえば在庫が年に12回入れ替わっていれば、365÷12でおよそ30日。仕入れてからおよそ1ヶ月で売れている計算になります。大切なのは、この数字を出すこと自体ではなく、出た数字をどう判定するかです。
判定基準は業種平均ではなく、社長の体感とのズレ
ここが一般的な解説と最も違う点だと思います。私たちは、出てきた在庫回転日数を業種平均と比べることを、最初の判定には使いません。見るのは社長が思っている「仕入れてから捌けるまでの期間」と、実際の在庫回転日数が合っているかです。社長が「うちは1ヶ月くらいで回っている」と考えているのに、計算すると3ヶ月かかっている。このズレそのものが、経営判断に使える最重要の事実です。業種平均より良いか悪いかは、その次の話になります。現場の実感と数字が食い違っているとき、経営者は必ず何かを見落としています。
売掛金は「入金されていないこと自体が異常」と考える
売掛金については、前提の置き方を変える必要があります。そもそも期日どおりに入金されていないこと自体が、異常事態です。取引先が自社には払わず他の支払いはしているのであれば、自社への支払いの優先順位が低いと考えるのが通常です。「あそこは昔から少し遅いから」と慣れてしまっている会社は少なくありませんが、その慣れが資金繰りを圧迫し、最悪の場合は回収不能につながります。だからこそ、③の「その取引を続ける必要があるのか」という見直しまで踏み込みます。
▶ 関連コラム:資産効率の高め方|中小企業のROAと回転率の経営判断(在庫回転率を含む「回転率」全体の考え方を詳しく)
自己診断:御社の運転資金は詰まっていませんか
一般論として読むより、自社の現在地を確認したほうが早いと思います。次の項目に、いくつ当てはまるかを見てみてください。
✅ 自己診断:あなたの会社はいくつ当てはまりますか?
- 仕入れてから何日で捌けているか、即答できない
- 在庫の総額は把握しているが、商品別の在庫金額は出していない
- 1年以上動いていない在庫が、倉庫にあることを知っている
- 毎月の面談で、貸借対照表(在庫・売掛金の残高)の説明を受けていない
- 入金が遅れがちな取引先があるが、「昔からそうだから」と続けている
- 売上は伸びているのに、預金残高は増えていない
- 在庫を減らそうとしたが、現場に「これ以上減らすと厳しい」と言われて止まった
3つ以上当てはまる場合、利益が在庫と売掛金の形で滞留し、資金繰りの余力を圧迫している可能性があります。
在庫を適正化する進め方
在庫の適正化は、精緻さより着手のしやすさを優先します。全部を測ろうとすると、必ず途中で止まるためです。
ネジやナットまで測らない。大きな塊から手をつける
「多すぎる」の判定は、商品別の在庫金額を取ることから始まります。ただし、ネジやナットに至るまで全品目を測る話ではありません。見るのは比較的大きな塊で金額が大きくなっている在庫です。その品目について、「作ってから/仕入れてから販売までの期間」に見合う適正在庫になっているかを確認します。金額の大きい上位から見ていけば、資金への影響が大きい部分は自然と押さえられます。全部を正確に測ることより、大きいところを早く動かすことのほうが効果があります。
長期在庫は、いつかどこかで値下げして売ることになる
長く売れずに残っている在庫は、いつかどこかで値下げして売らざるを得なくなります。時間が経つほど価値は下がり、値下げ幅は大きくなっていきます。だからこそ、積極的に片付けたほうがよい。ここで「もう少し待てば定価で売れるかもしれない」と考えると、判断が先送りされ、結果的に損失が拡大します。在庫は放置すると勝手に痛む資産だと考えておくのが実務的です。
減らせない最大の理由は、社長に判断材料がないこと
在庫を減らそうとした経営者の多くが、同じ場所で止まります。現場が「常にこれだけ必要です」「これ以上減らされると厳しいです」と言うためです。ここで社長が引き下がってしまうのは、意志が弱いからではありません。それに反論できる事実を持っていないからです。だから進め方はこうなります。まずどれだけ売れているかを確認し、それに基づく適正在庫数量と比べ、過剰な部分を機械的に減らす。感覚の議論を、数量の議論に置き換えるわけです。
「突然売れたときに困る」への具体的な問い返し
それでも必ず出てくるのが「突然売れたときに在庫がないと困る」という反論です。これは正当な懸念なので、否定するのではなく、具体的に確認していきます。
- 突然売れることは、年に何回あるのか。何年に1回のことなのか
- そのとき、本当に在庫がないと売れないのか
- 都度発注では間に合わないのか。間に合わないとすれば、何日足りないのか
この3つを確認すると、多くの場合「実際には年に1〜2回で、都度発注でも間に合う」という結論になります。リスクは、具体的に数えると小さくなることがほとんどです。逆に本当に在庫を持つべき品目も、この確認で明確になります。
監修税理士 塩谷宣弘の見解
私がこの話でいちばん申し上げたいのは、在庫を減らせと言っても社長が動けないのは、単純に判断材料がないからだということです。現場は必ず「必要だ」と言います。それに対して感覚で押し返しても勝てません。だから私たちは、どれだけ売れているかという事実を先に用意します。そのうえで「突然売れることは年に何回あるのでしょうか。そのとき本当に、都度発注では間に合わないのでしょうか」と一緒に確認していきます。社長に必要なのは決断力ではなく、材料です。
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実務ポイント|銀行からは、在庫と売掛金がこう見えている
在庫と売掛金の話には、資金繰り以外にもう一つ重要な側面があります。決算書を通じて、銀行がその状態を見ているということです。
在庫が多すぎる会社は、こう評価される可能性がある
在庫金額があまりに多いと、銀行からは「不良在庫を大きく抱えている」「販売能力がない会社」「断捨離ができない会社」「大事なところが見えていない会社」と見られる可能性が大きくなります。厳しい表現ですが、決算書の数字だけを見る相手にはそう読めてしまう、ということです。在庫の放置は、資金が減るという直接の損失に加えて、資金を調達する力まで削っています。逆に言えば、在庫を適正化した会社は、資金繰りと銀行評価の両方が同時に改善します。
毎月、貸借対照表まで見る場をつくる
私たちは顧問先と毎月、担当者と社長のマンツーマンで1時間半から2時間の月次面談を行っています。そこで損益だけでなく、在庫と売掛金の残高が先月からどう動いたかを必ず確認します。進め方は決まっていて、まず数字を開く前に社長の課題感をヒアリングし、そのうえで「在庫がこれだけ増えていますが、社長の感覚と合っていますか」と事実を置いて意見交換します。私たちはその事業の当事者ではないため、数字だけで判断することはできません。だから必ず社長に伺います。そして面談の最後に「次回までに決めること・実行すること」をお渡しし、動きが必要な案件は2週間に1回のペースで、PDCAが回るまで確認します。
自社の水準を、外部の統計で確認しておく
社内の前年比較だけでは「増えた・減った」しか分かりません。同じ規模・同じ業種の会社が、売上に対してどの程度の棚卸資産や売上債権を抱えているのかは、財務省の法人企業統計調査で確認できます。中小企業の経営実態は中小企業実態基本調査でも把握でき、資金繰りや設備投資をめぐる中小企業の動向は日本政策金融公庫の調査が参考になります。外の物差しを一度あてておくと、自社の在庫水準が「うちの業界では普通」なのか「明らかに厚い」のかの見当がつきます。
(出典)財務省「法人企業統計調査」/e-Stat「中小企業実態基本調査」/日本政策金融公庫「調査・研究」
▶ 関連コラム:銀行が見るポイント|実質借入と債務償還年数(銀行が決算書のどこを、どの順番で見ているか)
ここまでが、どの会社にも共通する運転資金の見方です。ここから先は、御社の決算書と商品別の在庫金額、そして売掛金の年齢表(いつの売上がまだ回収されていないか)が分からないと、いくら圧縮できるのかという具体的な金額は出せません。同じ在庫金額でも、扱う商品の性質と仕入のリードタイムによって、適正水準はまったく変わるためです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 運転資金の適正水準に、共通の目安はありますか?
「売上の何ヶ月分」といった一律の目安は、実務ではあまり役に立ちません。仕入のリードタイム、受注から納品までの期間、回収サイトが業種ごとに大きく違うためです。実務で使えるのは「社長が思っている捌け具合と、実際の在庫回転日数が合っているか」という自社基準です。まずここを揃え、そのうえで法人企業統計などの外部データで自社の位置を確認する、という二段構えをおすすめしています。
Q2. 在庫を減らすと、売上が落ちるのではないですか?
その懸念は正当です。だからこそ、一律に減らすのではなく「どれだけ売れているか」という実績に基づく適正在庫と比べて、過剰な部分だけを減らします。あわせて「突然売れることは年に何回あるのか」「都度発注では本当に間に合わないのか」を具体的に確認します。この確認を経ると、本当に持つべき在庫と、惰性で持っている在庫が分かれます。売上を守りながら在庫を減らせる余地は、多くの会社に残っています。
Q3. 買掛金の支払いを遅らせれば、資金繰りは楽になりませんか?
理屈のうえでは楽になりますが、私たちは最初に触る場所としては勧めていません。買掛の支払期間が問題になっているケースは実際には多くなく、一方で支払条件の変更は仕入先との関係に直接影響します。仕入先の協力を失うことは、長期的には調達価格や納期の悪化として返ってきます。まずは自社の内側でコントロールできる在庫から着手するのが順番です。
Q4. 入金が遅い取引先に、どう対応すべきですか?
まず前提として、期日どおりに入金されていないこと自体が異常な状態だと捉えてください。自社には払わず他の支払いはしているのであれば、支払いの優先順位が低いということです。対応としては、回収条件の見直しを申し入れることに加えて、その取引先と取引を続ける必要が本当にあるのかという検証まで行います。売上規模だけで判断せず、回収まで含めた採算で見ることが大切です。
Q5. 在庫や売掛金の話は、顧問税理士に相談してよいものですか?
本来もっとも相談しやすい相手のはずです。決算書と試算表を持っているためです。ただし、月次で損益しか説明を受けていないのであれば、「在庫と売掛金の残高が先月からどう動いたか、毎月見せてください」と依頼するところから始めてみてください。それだけで見える景色が変わります。なお、いまの顧問税理士に申告をお願いしたまま、経営面のコンサルティングだけを別に依頼することも可能です。現在の顧問先との関係を壊さない進め方をお伝えします。
まとめ|在庫と売掛金は、形を変えた現金である
この記事でお伝えしたことを整理します。
- 「利益は出ているのにお金が残らない」の答えは、ほぼ在庫と売掛金にある
- 見る順番は①在庫回転日数 →②売掛金の残高 →③取引そのものの見直し
- 買掛の支払期間は、いったん外してよい(問題になるケースが多くない)
- 在庫回転日数は売上原価 ÷ 在庫金額=回転率、365 ÷ 回転率=日数
- 判定は業種平均ではなく、社長の体感と実数のズレで行う
- 測るのは全品目ではなく金額の大きい塊から。長期在庫は積極的に片付ける
- 減らせない理由は意志ではなく判断材料の不足。実績に基づく適正数量で議論する
- 在庫の放置は、資金だけでなく銀行からの評価も削る
在庫と売掛金は、会計上は資産と呼ばれますが、経営者の実感としては使えない現金です。まずは自社の在庫回転日数を一度計算し、その数字がご自身の感覚と合っているかを確かめてみてください。ズレていたら、そこに手をつける余地があります。
監修税理士 塩谷宣弘の見解
私が「利益は出ているのにお金が残らない」というご相談を受けたとき、最初に見るのは在庫と売掛金の回収期間が適正かどうかの一点です。順番も決めていて、まず在庫回転日数、次に売掛金の残高を見ます。そして売掛金については、そもそも入金されていないこと自体が異常事態だという前提に立ちます。自社に払わず他の支払いはしているのであれば、優先順位が低いということですから。ここまで踏み込んで初めて、その取引を続けるべきかどうかという経営判断の話になります。
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