「賃上げが必要なのは分かっているが、その原資がどこにもない」――そう悩む中小企業の経営者は少なくありません。実は賃上げの原資は、売上を増やす前にすでに使っている経費の中に隠れていることが多いのです。本記事では、経費削減で賃上げ原資をつくる具体的な考え方を、役員報酬・交際費・資産の見直しという3つの視点から、税理士の実務目線で解説します。

この記事の結論:経費削減で賃上げ原資をつくるには、「①役員報酬を業績連動で見直す ②交際費・移動費を棚卸しする ③リゾート会員権など資産の投資効率を問う」の3つを断捨離するのが定石です。たとえば月10万円の経費を削れば、10人の会社なら一人あたり月1万円のベースアップが可能になります。賃上げは売上増を待たずに、経費構造の見直しから始められます。

なぜ賃上げの原資が見つからないのか

賃上げの原資をどう捻出するか思案する中小企業の経営者
賃上げ原資は「増やす」だけでなく「守る」視点でも生まれる

賃上げの原資が見つからない最大の理由は、多くの経営者が「原資は売上を増やさないと作れない」と思い込んでいることにあります。実際には、いま出ていくお金を見直すだけで原資は生まれます。ここではまず、経営者が賃上げの前で立ち止まってしまう典型的な悩みを整理します。

「賃上げしたいが、原資がない」という共通の壁

人材確保と賃上げは、いまや中小企業にとって選択肢ではなく必須の経営テーマです。それでも「原資がない」という一言で議論が止まってしまう会社は非常に多いのが実情です。賃上げの原資をつくる方法は、突き詰めれば「売上を増やす」「粗利を上げる」「経費を減らす」の3つしかありません。このうち売上増と粗利改善は成果が出るまで時間がかかりますが、経費の見直しは着手した月から効果が出ます。まず取り組むべきは、時間のかかる施策ではなく、今日から手をつけられる経費の断捨離だと考えています。

売上を増やす前にできることを見落としている

賃上げの相談を受けると、多くの経営者はまず「どうやって売上を伸ばすか」から考え始めます。もちろん売上拡大は本質的な解決策ですが、それだけを原資の前提にすると、賃上げは「来期以降の話」になり先送りされがちです。一方で、すでに支払っている経費の質を問い直すことは、売上ゼロ成長でも実行できます。日々の交際費、移動・交通費、なんとなく続けているサブスクリプションや会員権――これらを一度立ち止まって見直すだけで、賃上げの土台となるキャッシュが見えてきます。売上を増やす努力と並行して、足元の経費を点検することが第一歩です。

「経費は聖域」という思い込みが原資を隠す

もう一つの壁は、一度使い始めた経費を「必要なもの」と無意識に固定してしまう心理です。役員報酬も交際費も、上げるのは簡単ですが下げるのは心理的な抵抗が大きく、いつのまにか誰も疑わない「聖域」になっていきます。しかし本当に事業の利益を生んでいる支出なのかを一つずつ検証すると、聖域だと思っていた経費の中に、賃上げ原資に回せる金額が眠っていることが少なくありません。賃上げ原資は、増やすより先に「守る」ことで生まれるという視点の転換が出発点になります。

賃上げ原資が生まれない構造的な原因

経費構造を電卓で見直し賃上げ原資を試算する場面
経費を「効率」の視点で棚卸しすると原資が見えてくる

賃上げ原資が生まれない会社には、共通する構造的な原因があります。多くは「経費を減らせない仕組み」が社内に根づいてしまっている状態です。ここでは代表的な3つの原因を挙げます。

一度上げた経費・役員報酬を下げられない

最も多いのが、業績が良かった時期に上げた役員報酬や経費を、業績が落ちても下げられないという構造です。役員報酬は一度水準を決めると生活設計に組み込まれ、減額は経営者本人にとって苦しい決断になります。しかし会社の業績に応じて役員報酬を増減できるかどうかは、経営者の力量を測る重要な要素です。実際、利益が出ない時に役員報酬を極限まで下げる決断ができる会社で、利益が継続的に出せなくなるケースはあまり見られません。下げられない経費の存在こそが、賃上げ原資を塞ぐ最大の要因なのです。

経費が「投資効率」で評価されていない

経費や資産を「金額」だけで見て、「その支出がいくらの利益を生んでいるか」という投資効率の視点で評価していない会社も多く見られます。たとえば事務所の賃料を月10万円上げるということは、年間120万円の追加投資をするのと同じです。であれば、その移転によって少なくとも年120万円以上の粗利や採用効率の改善が見込めるかを問う必要があります。リゾート会員権や社用車なども同様で、支出額に見合った効果を生んでいるかを検証しないと、賃上げに回せる原資が経費として固定化されてしまいます。

利益・経費・給与が別々に議論されている

3つ目の原因は、利益構造・経費の質・給与水準が、社内でバラバラに議論されていることです。経費削減の会議、賃上げの会議、利益計画の会議が別々に開かれ、互いのつながりが見えていない状態です。本来この3つは表裏一体で、経費を10万円削れば、その分をそのまま給与原資に回せるという関係にあります。この連動を経営者と幹部が共通認識として持たない限り、「経費削減はコスト管理」「賃上げは人事の話」と分断され、原資の議論が前に進みません。

✅ 自己診断:あなたの会社はいくつ当てはまりますか?

  • 経費の内訳を科目ごとに点検していない
  • 役員報酬を業績連動で見直していない
  • 交際費が本当に売上に貢献しているか検証していない
  • 保有資産の投資効率を計算したことがない
  • 使っていないサブスクや会員権がある
  • 賃上げの原資を売上増だけで考えている
  • 経費削減と賃上げを別々の議題にしている

3つ以上当てはまる場合、賃上げの原資が経費の中に眠ったままになっている可能性があります。

経費削減で賃上げ原資をつくる3つの断捨離

役員報酬や交際費を見直し賃上げ原資を検討する経営会議
役員報酬・交際費・資産の3点を順に断捨離する

賃上げ原資を経費から生み出すには、次の3つを順に断捨離するのが有効です。金額の大きいものから見直すのが原則で、役員報酬 → 交際費・移動費 → 資産の順に検証します。

断捨離1:役員報酬を業績連動で見直す

最初に手をつけるべきは役員報酬です。一つの目安として、営業利益に役員報酬を足した金額の10〜30%で設定すると、比較的相場に近い水準になりやすいと考えています。重要なのは金額そのものより、業績の増減に合わせて役員報酬も同じレベルで変動させられるかという点です。利益が出ない時期に思い切って役員報酬を下げられる会社は、その分を賃上げ原資や内部留保に回す柔軟性を持ちます。役員報酬の見直しは、経営者自身が率先して身を切る姿勢を示すことにもなり、社員への賃上げの説得力を高めます。※役員報酬の変更には税務上のルールがあるため、実行時は担当税理士にご相談ください。

断捨離2:交際費・移動費を棚卸しする

次に、日々発生する交際費や移動・交通費を棚卸しします。長年の習慣で続いている接待や出張が、本当にいまの事業に必要かを一件ずつ検証します。交際費の削減は、社外に流出するキャッシュをそのまま止める効果があり、賃上げ原資に直結します。なお、資本金1億円以下の中小企業では交際費に損金算入の特例がありますが、損金になるかどうかにかかわらず、支出そのものを減らせば手元資金は確実に残ります。「付き合いだから」「毎年やっているから」で残っている支出こそ、見直しの余地が大きい部分です。※交際費の損金算入の取り扱いは制度改正がありうるため、詳細は担当税理士にご確認ください。

断捨離3:資産(リゾート会員権など)の投資効率を問う

3つ目は、リゾート会員権や社用車、本社不動産といった資産の見直しです。これらは「悪いもの」ではありませんが、その資産が生む効果が、支払っているコストに見合っているかを問う必要があります。たとえば1,000万〜2,000万円のリゾート会員権をローンで保有している場合、その施設を使った接待が通常の接待と比べて本当に大きな成果を生んでいるか、社員表彰で現金を渡す場合と比べてどちらが社員のやる気につながるか――こうした点を一つずつ丁寧に検討します。投資効率の低い資産を手放せば、そのローン返済分がまるごと賃上げ原資に変わります。

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賃上げ原資づくりの実務ポイント

賃上げ原資の試算を経営者と税理士が確認する場面
「月10万円削減=1人1万円ベースアップ」の思考実験を共有する

ここからは、私たちが実際に顧問先へお伝えしている、賃上げ原資づくりの実務的な考え方をご紹介します。数字に落とし込むと、経費削減と賃上げが一本の線でつながって見えてきます。

月10万円の削減=10人の会社なら1人1万円のベースアップ

賃上げ原資を考えるうえで、私が経営者によくお伝えするシンプルな計算があります。月10万円の交際費や移動・交通費を削ることは、月10万円の利益を生み出すことと同じ意味を持ちます。そして、それが10人の会社であれば、一人あたり月1万円のベースアップが可能になるという計算です。この思考実験を経営者と幹部で共有するだけで、「経費削減はケチることではなく、社員の給与を上げるための原資づくりだ」という前向きな意味づけが生まれます。粗利の向上も同じように給与へ反映できると考えれば、日々できることや悩む余地はもっと増えるはずです。

役員報酬は「増減できるか」が経営者の力量

役員報酬について、私自身も創業期に設定を誤り、2年目に50%の減額という苦しい決断をした経験があります。その決断を一度でも経験すると、報酬を「増やすもの」ではなく「業績に応じて調整するもの」として扱えるようになります。利益が出た時こそ自分の報酬を抑え、退社時や不測の事態に備えて会社にお金を残す――こうしたスタイルへ変えていくことが、健全な経営につながります。役員報酬や交際費のように一度上げてしまったものを、しっかり断捨離して極限まで下げる決断ができる経営者こそが、賃上げ原資を生み出せる経営者だと私は考えています。担当の税理士として、この提案は必ずすべきものだとも思っています。

資産は「投資効率」で残すか手放すかを決める

資産の見直しでは、「その資産にお金を投じることで生まれる利益が最大化されているか」という投資効率の物差しを使います。事業に直結する売掛金や在庫は、現金を寝かせるより高い利益を生むため投資効率が良い資産です。一方、本社不動産やリゾート会員権のように事業との結びつきが間接的な資産は、本当にその効果がコストを上回っているかを個別に検証します。年間表彰でリゾート施設の宿泊を贈るのと、相当額の現金を渡すのとで、どちらが社員のやる気と会社の利益につながるか。こうした問いを一つずつ検討し、投資効率の低い資産を賃上げ原資へ組み替える判断が、経営体質を強くします。

私たちは顧問先の経営者と毎月、試算表を挟んで「計画とどれだけズレたか」「次の四半期で何に着手するか」を1時間ほど議論しています。数字の報告を受ける時間ではなく、次の一手を決める時間として使っていただくためです。決算のときだけ数字を見る関係では、打てる手はどうしても限られます。

ここまでが、賃上げ原資づくりに共通する考え方です。ここから先は、御社の経費明細と社員数、粗利率が分からないと、いくら捻出できて一人あたりいくら上げられるかの具体的な金額は出せません。削減できる経費は、業種と現在の支出構造によって大きく異なるためです。

経費削減と賃上げに関するよくある質問

経費削減はどこから手をつければいいですか?

金額が大きく、かつ事業への直接的な貢献が見えにくいものから着手するのが原則です。具体的には役員報酬・交際費・保有資産(会員権や社用車)の順に検証すると、少ない手間で大きな原資が生まれやすくなります。日々の細かな節約よりも、固定化した大きな支出の見直しが効果的です。

役員報酬を下げると会社の評価は下がりませんか?

金融機関の評価で重視されるのは役員報酬の額そのものより、業績に応じて適切にコントロールできているかです。利益が出ない時に役員報酬を柔軟に下げられる会社は、むしろ経営の健全性が高いと評価されやすい傾向があります。※金融機関ごとの評価基準は異なるため、詳細は担当税理士にご相談ください。

交際費を削ると売上が落ちませんか?

すべての交際費が売上に貢献しているわけではありません。一件ずつ「この支出は本当に売上や関係維持に必要か」を検証すると、成果につながっていない交際費が見つかることが多くあります。効果の高い接待は残し、惰性で続いているものを削るのが賢い進め方です。

賃上げ促進税制は活用できますか?

要件を満たせば、賃上げ額の一定割合を法人税から税額控除できる制度で、中小企業向けの優遇措置もあります。経費削減で原資をつくり実際に賃上げを行う場合は、この制度の活用余地がないか併せて検討する価値があります。※適用要件や控除率は年度により変わるため、詳細は担当税理士にご確認ください。

まとめ|賃上げ原資は経費の中に隠れている

経費削減で賃上げ原資をつくるには、①役員報酬を業績連動で見直す ②交際費・移動費を棚卸しする ③資産の投資効率を問うという3つの断捨離が有効です。月10万円の経費削減が、10人の会社では一人1万円のベースアップになる――この具体的な計算を経営者と幹部で共有するだけで、賃上げの議論は一気に前へ進みます。賃上げ原資は、売上を待つより先に、いまの経費の中から生み出せるのです。一度、自社の利益構造・経費の質・給与水準の3点をセットで見直してみてはいかがでしょうか。

経費削減で生んだ原資を賃上げに回し士気が高まった中小企業のチーム
経費の断捨離で生んだ原資が、社員のやる気と定着を支える

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監修者 Actvision税理士法人 代表社員税理士 塩谷宣弘

監修者

塩谷 宣弘|Actvision税理士法人 代表社員税理士/Actvision Consulting株式会社

28歳で税理士試験に合格し、KPMG税理士法人でM&Aタックスアドバイザリー・国際税務に従事。32歳でActvisionグループを創業し、銀行融資支援に特化して開業5年で従業員35名規模の税理士法人へと成長させる。自社の組織課題と再建を経験し、マネジメント改革で離職率・組織力・営業力を回復させた実績を持つ。現在は「中小企業経営者の唯一無二のパートナーになる」を理念に、理念経営・ビジネスモデル策定・経営管理・人事戦略・財務戦略を横断する中小企業特化のコンサルティングを提供している。

最終更新:2026年8月